「未経験からエンジニアになれば、毎日黒い画面(ターミナル)を叩いて、バリバリ開発ができる!」
「早くエンジニアになって稼ぎたい!」
転職活動中、そんなキラキラした未来を想像していませんか?
こんにちは、なおとです。
現在はAWSエンジニアとして活動し、リモートワークで快適に働きながらSNSでも発信をしていますが、私のエンジニア人生のスタートは、想像とは全く違う場所から始まりました。
未経験で採用された1社目で私が飛ばされたのは、サーバー室でもオシャレなオフィスでもなく、「北海道の学校」でした。
しかも仕事内容は、プログラミングではなく「先生たちにGoogleツールの使い方を教えること」。
「あれ? 俺、エンジニアになったんだよね……?」そんな風に感じていました。
この記事では、元事務員・高卒の私が経験した1社目の案件の衝撃的なリアル(ICT支援員)と、そこで抱えた強烈な焦りについて包み隠さずお話しします。
- 年収200万円台、雪国でのホテル暮らし
- 技術に触れられない日々への焦燥感
- それでも腐らずにやった「一人ロープレ」
今、「思ったような仕事ができていない」と悩んでいる方や、これから転職して「案件ガチャ」に失敗したくない方に私の失敗と経験が参考になれば嬉しいです。

なおと
AWSフリーランスエンジニア
当ブログ「なおナビ」運営者の、なおとです。
私はこんな人です👇
- IT完全未経験からAWSエンジニアに転職
- AWSエンジニアに転職して年収400万円アップ
- フリーランスとして独立(2025.11~)
このブログでは、AWSエンジニアやフリーランスを目指す「あなた」の背中を押す情報を発信しています💡
未経験1社目で配属されたのは「北海道の学校」でした

「エンジニア=技術職」。
そんなイメージを持っていた私が配属されたのは、予想の斜め上を行く案件でした。
それは、「ICT支援員として、北海道の学校で先生にタブレットの使い方を教える」という業務。
言われるがままに荷物をまとめ、雪深い北海道へ。
現場は「IT企業」ではなく「学校」でした。
エンジニアなのに「コード」も「サーバー」も触らない
私の仕事は、先生方の前で
- Googleスライドはこうやって使います
- GoogleMeetの接続方法はこうです
と講義をすること。
もちろん、この仕事自体は教育現場のIT化を支える尊い仕事です。
しかし、
- インフラエンジニアとして技術を身につけたい!
- AWSを触ってみたい!
と燃えていた当時の私にとって、この環境はあまりにもギャップがありすぎました。
実際の案件スペック公開(ICT支援員)
当時、私が実際に置かれた環境は以下の通りです。
これから業界に入る方は、こういう案件もあるという参考にしてください。
| 項目 | 内容 |
| 職種 | ICT支援員(学校の先生向けのITサポート) |
| 場所 | 北海道(2ヶ月間の長期出張・ホテル暮らし) |
| 年収 | 200万円台 |
| 主な業務 | Google Workspaceの講義 (スプレッドシート、ドキュメント、スライド、Meet) |
| 使用技術 | AWS、Linux、コード記述は一切なし |
| チーム体制 | なし(一人現場) |
配属先にはまさかの「一人」。
一緒に北海道に行ったメンバーはいましたが、チーム体制はありません。
私はここで、エンジニアとしてのキャリアの第一歩を踏み出すことになりました。
正直きつかった…現場で直面した3つの「リアルな壁」

「仕事があるだけマシ」と思われるかもしれません。
しかし、当時の私は毎日「このままでいいのか?」という不安に押しつぶされそうでした。
私が直面したリアルな壁は次の3つです。
1. 「エンジニアの仕事ができていない」という強烈な焦り
これが精神的に一番きつかったです。
Xを見れば、同世代のエンジニアたちが「AWS触りました」「Python勉強しました」「サーバー構築しました」と発信している。
一方、私は北海道のホテルで、明日のGoogleスライドの講義資料を作っている。
「俺、ここで何やってるんだろう……」
「このままじゃ、いつまで経ってもエンジニアになれないんじゃないか」
雪道を歩きながら、置いていかれるような感覚に襲われ、胸が締め付けられる毎日でした。
技術力が1ミリも上がっていない感覚は、エンジニア志望者にとって恐怖でしかありません。
2. 慣れない「講義」で時間オーバーの失敗
技術力だけでなく、プレゼン能力も未経験でした。
最初は時間配分が全く分からず、先生方を前に大失敗をしたこともあります。
緊張して早口になり時間が余ったり、逆に丁寧に説明しすぎて大幅に時間をオーバーしてしまったり。
「先生たちの貴重な時間を奪ってしまった……」
講義が終わるたびに反省し、技術的な成長がない中で慣れない業務のプレッシャーだけがのしかかりました。
3. 雪国のホテル暮らしと「年収200万円」の孤独
当時の年収は200万円台。
出張手当が出るとはいえ、金銭的な余裕は全くありません。
仕事の悩みを相談できる先輩も隣にはいません。
吹雪く北海道の夜、狭いビジネスホテルで一人コンビニ弁当を食べながら、
「いつになったら、あのキラキラしたエンジニアになれるんだろう」
と、将来への不安と戦っていました。
腐りかけた私が、現場で「生き残る」ためにやったこと

「こんな案件、意味がないから適当にやろう」
そう投げ出すこともできました。
でも、私はそうしませんでした。
「今の自分にできることをやらなければ、次には進めない」と思ったからです。
技術的なスキルはつきませんが、目の前の課題を解決するために必死に行動しました。
ホテルで毎晩繰り返した「一人ロープレ」
講義で時間配分をミスした日は、ホテルに帰ってからひたすら一人でロープレ(練習)をしました。
「ここは説明を厚くしよう」
「ここはサラッといこう」
壁に向かって何度も話し、時間配分の感覚を身体に叩き込みました。
誰も見ていないホテルの部屋での地味な努力ですが、これしかできることがなかったのです。
相手の反応を見て「説明を調整する力」を磨く
毎日ロープレを繰り返すうちに、現場でも余裕が出てきました。
「あ、今先生たちが退屈そうにしたな」と思ったら説明を省略したり、「ここは難しそうだな」と思ったら丁寧に解説したり。
AWSのスキルは身につきませんでしたが、結果として「相手(非ITの人)に合わせて分かりやすく説明するスキル」は劇的に向上しました。
【振り返り】この案件は「無駄」だったのか?

今、AWSエンジニアとして働いている私が当時のこの案件をどう評価するか。
結論をお伝えします。
結論:無駄ではないが「遠回り」は事実
実は、この時に身につけた「伝える力」は今のAWSエンジニアとしての仕事(顧客への提案や説明)に意外なほど生きています。
なので、経験としては「無駄」ではありませんでした。
しかし、「AWSエンジニアになる」というゴールから見れば、明らかな「遠回り」です。
もし私が最初からインフラ構築の現場に入れていたら、もっと早く今のキャリアに到達できていたはずです。
なぜ私は「技術に触れない案件」に配属されたのか
理由はシンプルです。
- 私に技術力がなく、選べる立場になかったから。
- 会社選び・案件選びの「正しい基準」を持っていなかったから。
「未経験OK」という言葉だけで会社を選び、「エンジニアになれば勝手にスキルがつく」と勘違いしていた私の準備不足が招いた結果でした。
最短で「技術が身につく現場」に行くために

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
私の1社目は、焦りと雪にまみれた「ICT支援員」でした。
そこで腐らずに努力したからこそ今がありますが、あなたに私と同じような「辛い遠回り」をしてほしいとは思いません。
技術に触れられない焦りは、本当に精神を削ります。
できることなら、最初から技術力が身につく環境を選び、最短でAWSエンジニアになってほしいというのが私の本音です。
「じゃあ、どうすれば案件ガチャに失敗せず、AWSエンジニアになれるの?」
過去の私のように悩みたくないあなたへ。
私が遠回りの末にたどり着いた、「未経験から最短でAWSエンジニアになるための正しい手順」を以下の記事ですべて公開しています。
もし私が当時これを知っていたら、もっと早く理想のキャリアを掴めていたはずです。
👉 【完全ロードマップ】未経験からAWSエンジニアになる方法3ステップ

また、私がなぜこのような環境から這い上がり、AWSエンジニアへ転身できたのか。
その転職活動の全貌を知りたい方はこちらも読んでみてください。
👉 【実録】現場作業員が未経験からAWSエンジニアに転職した体験談

あなたのキャリアが、焦りではなく「ワクワク」で満たされることを、心から応援しています!
本サイト「なおナビ」では、AWSエンジニアにまつわる情報を発信しています。
- AWSエンジニアについて知りたい!
- AWSエンジニアになる方法が知りたい!
- ぶっちゃけAWSエンジニアって稼げるの?
こんな疑問を持っている方はぜひ他の記事も読んで、AWSエンジニアについて知ってもらえたら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
私の一案件目の仕事内容、いかがでしたでしょうか?
意外でしたか?
私もあなたと同じように、キャリアに悩む一人でした。
この記事があなたのキャリアを良いものにするきっかけになれば嬉しいです。
疑問に思ったことや分かりづらいとこがあれば気軽に X(@naoto_naonavi)かお問い合わせフォームまでご連絡ください!


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